ジャータカ朗読会

《あらすじ》
むかしむかし、バーラーナシーという町で、ブラフマダッタ王という王さまが国をおさめていました。王さまには、なんでもよくできる、とてもかしこい大臣・菩薩(ぼさつ)が仕えていました。
ある日、王さまは家来や宮女(きゅうじょ)たちをつれて、御苑(ぎょえん)という広い庭へ遊びに出かけました。王さまは林の中を散歩したあと、水あそびをしたくなり、宮女たちを呼びました。宮女たちはイヤリングや首かざりなどの宝石をはずし、上着につつんで下女(げじょ)に見張りをまかせて、蓮(はす)の池に入りました。
そのとき、御苑に住んでいる一匹のめすザルが、木の上から王妃さまが真珠の首かざりをはずすところを見ていました。めすザルは、そのきれいな首かざりを自分もつけてみたくてたまらなくなりました。しばらく様子を見ていると、見張りの下女がうとうとと居ねむりを始めました。めすザルは、木の上からふわっと飛びおり、真珠の首かざりを首にかけると、またすばやく木の上にもどりました。そして、少しはなれた木の穴に首かざりをかくして、知らんぷりをしました。
やがて下女が目をさまし、首かざりがないことに気づきました。びっくりしてこわくなった下女は、「たいへんです!男の人が首かざりをぬすんで逃げました!」と大声でさけびました。人々がたくさん集まり、王さまにも知らせが届きました。
王さまは「ぬすっとをつかまえよ」と命じ、家来たちは御苑の外まで走り回ってさがしました。そのとき、神さまにおそなえ物をするために町へ来ていた田舎の男が、さわぎにおどろいて逃げ出しました。家来たちはその男をつかまえ、「おまえが首かざりをぬすんだのだろう!」とどなりました。
男は「知らない」と言えば殴られると思い、こわくなって「はい、私がぬすみました」と言ってしまいました。
男は王さまの前に連れて行かれ、質問されました。
「おまえが首かざりをぬすんだのか」
「はい、王さま」
「では首かざりはどこにある」
男はこわさのあまり、「大長者(だいちょうじゃ)というお金持ちの人に言われてぬすみました。首かざりはその人に渡しました」と言いました。
王さまは大長者を呼び出し、同じようにたずねました。
大長者は、「はい、もらいましたが、司祭(しさい)さまにあげました」と言いました。
司祭は、「私は音楽師にあげました」と言い、音楽師は、「遊女(ゆうじょ)にあげました」と言いました。しかし遊女は、「私はもらっていません」と言いました。こうして五人を調べているうちに日が暮れてしまい、王さまは「続きは明日にしよう」と言って、五人を大臣の菩薩にまかせました。
菩薩は考えました。「首かざりは御苑でぬすまれた。でも田舎者は御苑の外にいた。御苑には番人も家来もたくさんいて、中にいる人でもぬすんで逃げるのはむずかしい。まして外にいた男にはできないはずだ。五人が言ったことは、みんな自分を守るための嘘だろう。本当のぬすっとは……御苑に住むめすザルにちがいない」
次の日、菩薩は王さまに「五人を私におまかせください。私が事件を解決します」と言い、許しをもらいました。菩薩は五人を家に連れて帰り、召使いたちに「五人を同じ部屋に入れて、話をよく聞いておくように」と命じました。五人は部屋に入ると、すぐにおたがいを怒鳴りはじめました。田舎者は大長者にあやまり、大長者は司祭に言いわけし、司祭は音楽師に言いわけし、音楽師は遊女に言いわけしました。みんな、自分がぬすっとではないことを必死に話していました。
その話を聞いた菩薩は、五人が無実だと確信しました。そこで菩薩は、ガラス玉でたくさんの首かざりを作らせ、御苑のめすザルたちに首にかけさせました。そして番人たちに「真珠の首かざりをつけたサルを見つけたら、すぐに取り返すように」と命じました。
ガラス玉の首かざりをもらったサルたちは大よろこびで走り回り、真珠の首かざりをぬすんだめすザルにも見せびらかしました。
めすザルは、みんなが楽しそうにしているのを見て、ついにがまんできなくなり、「そんなガラス玉なんかより、私の真珠のほうがずっときれいよ!」と言って、自分の首に真珠の首かざりをつけて出てきました。番人はすぐにそのサルをつかまえ、首かざりを取り返して菩薩に渡しました。
菩薩は首かざりを王さまに届け、「五人はぬすっとではありませんでした。首かざりは御苑のめすザルがぬすんで、木の穴にかくしていたのです」と説明しました。国王はとてもよろこんで、こんな言葉を言いました。
たたかいのときには、ゆうかんな人が大切だ
そうだんするときには、はっきり話せる人がいい
ごはんを食べるときには、なかよしの友だちがうれしい
そして、なにか大変なことが起きたときには、かしこい人が必要だ
王さまはとてもおどろき、そして菩薩の知恵に感心して、たくさんの宝物をあたえました。その後も王さまは菩薩の教えを守り、よい行いを続けていったのでした。
092 Mahāsāra-jātakaマハーサーラ 【現在の物語】 これは、シャカムニブッダがコーサラ国の祇園精舎におられた時のお話です。 ある時、コーサラ国王の侍女たちが、このように考えました。「ブッダが世に出現されるというのは、実に有り難い、めったに出会うことのできない幸福です。私たちが人間として生まれるというのも、たいへん貴重であり、その上に心身も穏やかなことは得難いことです。私たちはこれほどの希有な機会に恵まれながら、自らの求めるままに精舎へ赴いて法を聞いたり、供養したり、お布施したりすることができません。まるで箱の中に閉じこめられたような生活をしています。私たちは王様にお願いして、私たちのために法話をしてくださるお坊さまにお城に来ていただき、法を説いていただくことにしましょう。そして学べることをすべて学び、その教えにしたがって、布施行などの善行為をしましょう。それでこそ、私たちがこの貴い機縁に出会えたことが実りあるものとなることでしょう」と。 彼女たちは王に自分たちの考えを述べました。王は、「よろしい。そなたたちの望みのとおりにするが良いだろう」と、同意しました。 ある日、王は、御苑で遊ぼうと思い立って家臣を呼び、準備を命じました。家臣たちが御苑を掃除していると、お釈迦さまが一本の樹の下で坐っておられるのを見かけました。家臣は城に戻り、そのことを国王に報告しました。 王は、「では我は釈尊のもとに詣で、お話を聞こう」と豪華な車で御苑に乗りつけ、車から降りてお釈迦さまのおられるところに近づきました。 ちょうどその時、チャッタバーニという名の在家信者(ウパーサカ)が、お釈迦さまの傍らに坐ってお話を聞いていました。チャッタバーニは、不還果(三段階目の悟り)を得た人でした。彼はブッダへの尊敬の気持ちから、王の姿が見えても、立ち上がって敬礼したり、うやうやしく挨拶の言葉を述べたりすることはありませんでした。 王は不審に思いましたが、「この男が悪人であるならば、世尊の側に坐って法話をお聞きするようなことはないだろう」と思い、釈尊のところに来て礼拝し、自らも傍らに坐りました。しかし王は、王に対して礼を尽くさないチャッタバーニを快く思いませんでした。 お釈迦さまは王の気持ちに気づかれ、チャッタバーニの徳をほめて、「大王よ、彼は博学であり、教えに通じ、諸々の欲を離れている」とおっしゃいました。王は「釈尊がこのようにほめられるのであれば、優れていない者であるはずがない」と思い、「在家信者よ、何か必要なものがあれば余に何なりと申し出よ」と言いました。チャッタバーニは丁寧に礼を述べました。王はお釈迦さまの法話を聞いてから、右回りの礼をし、城に戻りました。 ある日、コーサラ王は、チャッタバーニが朝食を終え、傘を持って祇園精舎に向かうのを見かけました。王が声をかけると、彼は丁寧に礼を尽くした態度で挨拶をしました。王は、チャッタバーニに言いました。「汝は法に精通していると聞いている。我が城の宮女たちが法を学びたいと言っているのだが、汝が城に来て法を説くことはできるだろうか」 「大王様、在家の者が王様の内殿で法話を説いたりすることは、よろしくありません。しかし、出家されている尊者方であれば、それにふさわしいと存じます」。王は「あの男の言うことは筋が通っている」と思い、城に帰って宮女たちを呼んで言いました。 「宮女たちよ、余は世尊を訪ね、おまえたちのために法を説いてくださる長老を城に招待しようと思う。ブッダには八十人の大弟子がおられるが、どなたにお願いするのがいいだろう」。宮女たちは皆で相談し、「法の宝庫であるアーナンダ長老にお願いしていただきたいと存じます」と王に伝えました。 コーサラ王は釈尊を訪ね、礼拝して傍らに坐り、「世尊、我が宮殿の宮女たちが、アーナンダ長老から法を聞き習いたいと申しております。どうかアーナンダ長老は、我が宮殿で、法を説いたり語ったりしてくださいますように」とお願いしました。釈尊は承諾されました。そのようにして、アーナンダ尊者は、時々お城へ行って、宮女たちに法を説かれるようになりました。 ところがある日のこと、王の冠に飾られていた大粒の真珠がなくなるという事件が起こりました。王は大臣に、「城にいる者、雇われている者を一人残らず捕らえて調べ、必ず宝石を探し出せ」と命じました。大臣は、城にいるすべての者を調べ上げ、真珠を見つけようとしました。しかし、真珠はなかなか見つからず、人々は皆、たいへんな迷惑を被りました。 ちょうどその日は法話の日でした。いつもは、アーナンダ長老がいらっしゃると、宮女たちはとても喜んでお話を聞きに集まります。しかしその日は、皆、沈みがちで、浮かない様子でした。アーナンダ長老が不審に思われて、「なぜあなた方はそのように、憂いに沈んでいるのですか」とたずねられると、宮女たちはそれまでのいきさつをお話ししました。そして、「真珠はなかなか見つかりません。これからいったいどうなるのか、誰に何が起こるのかを思うと、とても不安で、皆、気持ちが沈んでいるのでございます」と打ち明けました。 アーナンダ長老は「心配することはない」と彼女たちを安心させ、コーサラ王のところに行きました。アーナンダ長老はそちらに用意された座に坐られて、王と会話を交わしました。「大王よ、王冠の真珠がなくなったと聞きました」「尊師、その通りです。宮殿にいる者を残らず捕らえて調べさせたのですが、見つかりません」「大王よ、良い方法があります」「尊師、どのような方法でしょうか」「大王よ、束を与えるのです」「尊師、どのような束ですか」「大王よ、城にいる人々の数だけのワラ束を作り、一人一人に渡すのです。そして、朝早くこのワラ束を持ってきて門のところに置くようにと命じるのです。真珠を奪った者は、束の中に真珠を入れて持ってくるでしょう。一日目に見つかればいいのですが、もし見つからない場合は、二日目にも同じことをするのです。それでも見つからなければ、三日目にも同じことをするのです。そうすれば、きっと真珠を取り戻せることでしょう」。長老はそう言って、帰られました。 コーサラ王は長老の言葉にしたがってワラ束を城中の者に配らせ、次の朝に門のところに置くようにと命じました。一日目は真珠は見つかりませんでした。二日目も見つからず、三日目にもやはり真珠は見つかりませんでした。三日目に、アーナンダ長老が城に来られました。長老は再び王と会話を交わしました。「大王よ、真珠は戻りましたか」「いいえ、尊師、真珠はまだ戻りません」「それでは大王よ、広い庭の真ん中に水を入れた大きな瓶(かめ)を置き、四方に幕を張らせるのです。そして、『城の者は全員、一人ずつ幕の中に入って瓶の水で手を洗って出てこい』と命じるのです。真珠を盗んだ者は、皆に見つからないように瓶の中に真珠を落とし、なくなった真珠が見つかるでしょう」。長老はそう言って、帰られました。 王は長老が言われた通りに、庭の真ん中に水を張った瓶を置き、周りに幕を張らせ、城の者は全員、一人ずつ幕の中に入って手を洗うように、と命じました。 真珠を盗んだ者は、「アーナンダ長老は、この事件を引き受けて、真珠が見つかるまでこういうことを繰り返すつもりなのだろう。そろそろこの辺で真珠を返した方がよさそうだ」と考えました。彼は、自分の番が来ると、真珠を隠し持って幕の中に入り、瓶の中に真珠を落として立ち去りました。全員が手を洗った後で瓶の水を捨てると、真珠が出てきました。 コーサラ王は、「長老のお陰で、誰にも迷惑をかけずに真珠を取り戻すことができた」とたいへん満足し、とても喜びました。城の者は皆、「長老の徳によって、我々は大きな苦しみから逃れることができた」と安堵して、たいそう喜びました。 「アーナンダ長老の徳によって、王様の王冠の真珠が無事に戻ってきた」という噂は、瞬く間に広がりました。比丘たちが法話堂に集まって、アーナンダ尊者を賞賛し、「友よ、アーナンダ長老は、ご自分の博識と智恵と巧みな方便を使う力によって、誰にも迷惑をかけず、問題を解決された」と話していました。釈尊が来られて何の話をしているのかとお訊きになったので、比丘たちがお答えすると、釈尊はアーナンダ尊者をほめられ、「過去においても、賢者は、誰にも迷惑をかけずに盗品を取り戻した」とおっしゃって、皆に請われるままに、過去の話をされました。 【過去の物語】 昔々、バーラーナシーでブラフマダッタ王が国を治めていた頃、菩薩はあらゆる技芸に秀でた有能な大臣として、王に仕えていました。 ある日、王は、家臣や宮女たちを引き連れ、御苑へ野遊びに出かけました。王は林の中を散歩してから、水遊びのために、宮女たちを呼びました。宮女たちはイヤリングや首飾りなどの宝石類を取り外して上着に包み、下女に番を命じて、蓮池に入りました。 御苑に住む一匹の雌猿が、国王の第一王妃が美しい大粒の真珠の首飾りをはずすのを、木の上から見ていました。雌猿は、その美しい首飾りを自分の首にかけてみたくてたまらなくなりました。雌猿が何とかできないものかと様子をうかがっていると、見張りの下女が居眠りをはじめました。雌猿は、木の上から風のようにふんわりと飛び降りて、真珠の首飾りを首にかけ、再び風のようにふわっと木に飛び上がりました。そして、少し離れた木の穴の中に首飾りを隠して知らんぷりをしていました。 居眠りをしていた下女は、目が覚めて、王妃の真珠の首飾りがなくなっていることに気づきました。驚いて怖くなった下女は、「たいへんです!男が王妃様の首飾りを盗って逃げました!」と大声をあげました。人々がたくさん集まって来ました。事件の報告を受けた王は、「盗賊を捕らえよ」と命じました。家来たちは御苑の外まで泥棒を捜し回り、「盗賊を捕まえろ、怪しい男を捕まえろ」と大騒ぎをしました。 ちょうどそこに、神々に供物を捧げようと田舎から出て来ていた一人の田舎者がいました。彼は王の家来たちの大声と大騒ぎに驚いて、震えながら逃げ出しました。皆は彼を追いかけて捕え、「この悪党め!おまえがあの高価な首飾りを盗もうとしたのか」と大声で罵りました。男は、「もし私がここで『私は知りません』と言ったりしたら、すぐに殴り殺されてしまうだろう」と思い、「はい、旦那様、私が盗りました」と言いました。 男は王のもとへ連れて行かれ、審議のための問答が交わされました。「汝(なんじ)は首飾りを盗ったのか」「はい。大王様」「首飾りはどこにあるのだ」「大王様、私は高価なものというものは、寝台と椅子でさえ見たことがないのです。実は、大長者が私にあの高価な首飾りを盗ませました。私は首飾りを長者様に渡しました。首飾りの場所は長者様が知っているでしょう」。 王は大長者を捕らえさせ、大長者に訊きました。「汝はこの男から首飾りを受け取ったのか」「はい、大王様」「首飾りはどこにあるのだ」「司祭様に差し上げました」。 そこで王は司祭を捕らえさせ、司祭に訊きました。「汝は長者から首飾りを受け取ったのか」「はい、大王様」「首飾りはどこにあるのだ」「あれは音楽師に与えました」。 そこで王は音楽師を捕らえさせ、音楽師に訊きました。「汝はこの男から首飾りを受け取ったのか」「はい、大王様」「首飾りはどこにあるのだ」「愛欲にかられ、美しい遊女に与えました」。 そこで王は遊女を捕らえさせ、遊女に「汝はこの男から首飾りを受け取ったのか」と訊きました。すると遊女は「私はもらっていません」と答えました。この五人を調べているうちに、日が暮れて暗くなってきました。王は、「今日はもう遅い。明日また取り調べることにしよう」と、五人を大臣である菩薩に渡し、自分は城に戻りました。 菩薩は考えました。「真珠の首飾りは御苑で盗られた。しかしこの田舎者は、御苑の外にいた。御苑の門には、力の強い番人が見張りをし、御苑にはたくさんの家来たちがいた。御苑の中にいる者でさえ、首飾りを盗って逃げるなどということはできないことだ。まして、御苑の外にいた者には不可能だろう。ということは、彼は首飾りを奪うことなどできなかったはずだ。この不運な男は、『私が盗って長者に渡しました」と言ったが、それは自分が許されたいためだろう。
長者が『司祭に差し上げました』と言ったのは、司祭と共にいる心強さがほしかったのだろう。司祭が『音楽師に与えました』と言ったのは、音楽師のお陰で気楽になりたかったのだろう。音楽師が、『遊女にやりました』と言ったのは、嫌な状況を楽しくしたいという気持ちから、そう言ったのだろう。この五人は、いずれも泥棒ではないのであろう。
御苑にはたくさんの猿たちがいる。あの首飾りは、御苑に住む雌猿が盗んだに違いない」。次の日、菩薩は王のところに行き、「大王様、あの五人を私にお預けください。この事件は、私の手で解決したいと思います」と申し出ました。王は「よろしい。汝がこの事件を解決するように」と、同意しました。
菩薩は家に五人を連れて帰り、召使たちを呼んで、「あの五人を一緒の部屋に入れ、しっかり番をするのだ。そして、彼らが互いに話すことをよく聞いて、何を話していたか私に報告しなさい」と命じました。
五人を同じ部屋に入れたところ、長者が田舎者に向かって怒鳴りました。「おい!田舎者の悪党め!おまえは私とどこで会ったことがあるのだ。いつおまえは私に首飾りを渡したというのだ」「大長者様、私は高価な品物というものは、樹の芯で作った寝台や椅子でさえも見たことがありません。実は、大長者様に頼って何とか許されたいと思い、あのようなことを言ったのでございます。どうか、大長者様、怒らないでください」。
司祭も長者を怒鳴りつけました。「大長者!そなたは自分でもらいもしないものを、どうやって私にくれたというのだ」「司祭様、我々二人は、人の上に立つ者です。二人が一緒にいれば事件が早く解決するのではないかと思い、そう言ったのです」。
音楽師も司祭に怒って言いました。「司祭よ!いつ私に首飾りをくれたというのですか」「音楽師よ、私は君が一緒にいると気楽にいられると思って、そう言ったのだ」。
遊女も音楽師に怒って言いました。「音楽師さん!あなたは本当に悪い人ね。私がいつあなたのところに行きましたか。あなたが私のところに来たことがあるというのですか。あなたはいつ、私に首飾りをくれたというのですか」「女よ、なぜそんなに怒るのか。我々は家族のように一緒にいることになる。だから、嫌でなく楽しくいたいと思って、そう言ったのだ」。
菩薩は使用人からこれらの話を聞いて、彼らが泥棒でないことを確信しました。そして、「やはり盗ったのは御苑の雌猿に違いない、何とかして首飾りを取り戻してやろう」と思いました。
菩薩は、ガラス玉でたくさんの首飾りを作らせました。そして、園内の雌猿たちを捕らえさせ、首にガラス玉の首飾りを着けて放させたのです。菩薩は御苑の番人たちに、「おまえたちは御苑に住む猿たちを見張れ。真珠の首飾りをした猿を見つけたら、その猿を脅して真珠の首飾りを取り戻せ」と命じました。
真珠の首飾りを盗んだ雌猿は、首飾りを大切にして、ずっと首飾りの近くを動かずにいました。ガラス玉の首飾りを首にかけられた雌猿たちは、「首飾りをもらった」と大喜びで園内を飛び回りました。彼女たちは、真珠の首飾りを盗った雌猿にもそれを見せびらかして、「きれいな首飾りだよ」と自慢しました。
真珠の首飾りを盗った雌猿はついに我慢できなくなって、「そんなガラス玉の首飾りなんか、なんだ」と言って、真珠の首飾りを着けて皆の前に現れました。御苑の番人がそれを見つけ、雌猿を捕らえて真珠の首飾りをはずし、菩薩に渡しました。
菩薩は、無事に戻った真珠の首飾りを王のもとに届け、「王様、首飾りが戻りました。あの五人の者は、泥棒ではありませんでした。首飾りは、御苑に住む雌猿が奪って、木の穴に隠していたのです」と報告しました。
王は驚いて、「いったいどのようにして、これを雌猿が持っていることを知ったのか。そして、どのようにしてこれを取り戻したのか」と菩薩に訊きました。菩薩はそれまでのいきさつを話しました。国王はたいへん満足して次の詩を唱えました。
戦争には勇者を
相談には言葉の曖昧でない者を
食事には親しき友を
事が起きたときには賢者を 王は菩薩をほめたたえ、雲が大雨を降らすようにたくさんの七宝を与えました。王はその後も大臣である菩薩の教えにしたがって布施行などの善行を積み、自分の行為にふさわしいところに生まれ変わっていきました。 【現在の物語と過去の物語のつながり】 お釈迦さまは過去の話を終えられ、「その時の王はアーナンダであり、賢い大臣は私であった」と言われ、話を終えられました。 【この物語の教訓】 「方便」という仏教用語があります。しかし、意味はよく理解されていないようです。方便は、サンスクリット語ではupāya(ウパーヤ)+kauśalya(カウシャルヤ)という二つの単語でできています。ウパーヤは方法という意味ですが、下手な方法ではなく、正しい方法というニュアンスがあるのです。カウシャルヤは上手という意味です。何をするにしても、正しいやり方、有効なやり方、望む結果を出すやり方というのがあるのです。やり方は見事でも、結果がゼロなら、ウパーヤと言わないのです。
このウパーヤ(方法)という語にはズルいやり方も含まれるので、パーリ語では別な単語を使うこともあります。仏教を学ぶ、実践する人々に、仏陀が「理性」を要求します。仏教の実践にかかわらず、いかなる物事も、行う場合は、正しい、効率的な方法で行わなくてはならないのです。それが俗に言う才能なのです。パーリ語でpaṭibhāna(パティバーナ)といいます。
パティバーナがない人々にはいつでもマニュアルが必要です。あるいは、常に誰かが見張って命令してやらせなくては良い結果が出ないのです。このような生き方は惨めで暗いものです。こころは、何か新しいものを発見すると、喜びを感じます。活発にもなります。ですから、パティバーナはとてもありがたいことなのですが、皆に平等についてこないのは残念です。それでも仏教の世界では、たくさんのエピソードを駆使してパティバーナ(方便)を味わってもらうのです。これを理解すると、自分の周りで何か問題が起きたら、自分も効率の高い方法で解決しようとする気持ちになるのです。試行錯誤でやってみると、また客観的に観察してみると、パティバーナ(方便)という能力が現れてきます。
こころを常に明るく楽しく保つことができれば、パティバーナ(方便)は自ずと出てくるものなのです。いわゆるユーモア一杯で生きることです。皆がユーモアの人なら、生きることは楽楽になります。仏教ではゲラゲラ笑ったりするのは品性を欠く行為だと禁じていますから、仏典のエピソードで笑いを見出すのは少々難しいかもしれません。昔のお坊様方が、物語の調整をして、仏陀の真理のみをハイライトしようとしたからです。もちろん、笑い話として仏教の物語を読むことになったら困るのです。しかし調べてみてください。日本で読まれている禅語録にはユーモアが一杯です。
ある日、あるバラモンが釈尊を訪ねてこう言いました。「私は『誰の考え方も気に入らない』という考えです。」(本人は仏陀を貶したつもりでしたが)釈尊は「それでは、あなたには『誰の考えも気に入らない』という考えも気に入らないでしょうね」と答えたのです。この答えの中に、仏陀のユーモアのセンスと、鋭い智慧が見えてきます。
例えば、「バラモン、あなたが言っていることは矛盾です」と言ったならば、喧嘩みたいで、相手も攻撃したくなる。しかし彼は、仏陀の一言で負けてしまったのです。激しい笑いを徹底的に抑えていても、経典にはユーモアが溢れています。それも発見しながら仏典をお読みになると、パティバーナ(方便)という才能が上がってくると思います。
ここまで話したのは、アーナンダ尊者のパティバーナ(方便)をなんとか賞賛しようと思ったからです。結果を出すまで何日もかかったから今一歩だと言ったら、罰が当たるかもしれませんから言わないことにします。私なら、盗人の藁が一晩で一センチ伸びますようと言っておきます。次の日藁の短い方が犯人になる。やっぱりこの方法は、仏教的にまずいのです。
アーナンダ尊者は、犯人ではなく、盗品が見つかることを考えたのです。人の命を助けてあげたのです。
頭が切れる人間になるようにと戒めるためのエピソードです。仏教は、理性的で賢い人間になることを礎(いしずえ)にしています。ジャータカ物語は、この教訓を示すものが殆どです。
人の智慧が役に立つか立たないかは、その人の判断能力によって明確になります。ですから「審判」をネタにした物語も多数あります。今回の物語は、智慧ある人は正しい判断で問題を解決して皆に幸福を与えるという話です。
「仏教徒は頭が賢くなければいけません」というと、生まれつき頭の回転が遅い人はどうするのかと疑問に思うかもしれません。頭の回転が遅いのは妄想するからです。必要なものだけは除いて、必要でないもの、どうでも良いもの、役に立たないもの、能力が浪費するもの、感情を引き起こすものなら、何でも妄想するのです。
生まれつき頭が悪いと言うことは難しいのです。障害を持って生まれて脳が正常に機能しない場合は誰でもわかりますので、そのような人に難しい判断を迫ったり、智慧を借りたりはしないのです。その他の人々は、頭が悪いのではなく、どの程度妄想にふけっているのかを見た方が良いのです。妄想にふけっている程度が強ければ強いほど頭が悪いのです。回転が鈍いのです。妄想を停止する訓練をするならば、人は誰でも賢くなるのです。
頭の回転が早く賢くなるためには、妄想を制御しなくてはいけないのです。その実践をする人が、ヒューマリスト(ユーモアがある人)であるならば、結果が早いのです。今回のジャータカ物語の中にも、ユーモアが充分入っています。しかし、仏教は品のない笑いを禁止しているので、落語などとは違って、ユーモアがどこにあるのかと疑問に思うおそれもあるのです。
下女がしっかり見張りをやらないで、居眠りをする。真珠のネックレスがなくなる。自分の過ちを平気で棚に上げて、「泥棒、泥棒」と叫ぶ。何でも感情的に叫んだら安全だと思う女性たちの性格に、笑っているのです。
女性だけをからかったら性差別です。軍人の家来が、バカみたく走り回る。高価なネックレスを盗むくらいの泥棒ならば、街の住人であることは明白です。僻地には泥棒はいないのです。なのに、大騒ぎに脅えて逃げる田舎者を捕まえる。これが国王を守る軍人の態度です。ここまでは嗤(わら)いです。
次に、もっと理性的な笑いが出てきます。権力を持った無知な人々に、話は通じないのです。権力者は、根拠があってもなくても、自分が言うことは正しいと頑固に言い張る愚か者です。愚か者に対して弁解しても、無意味です。だから田舎者は、いとも簡単に「はい、私が盗みました」と認めるのです。ここで権力者の愚かさに笑う。
間違いを犯しても、裁判にかけられても、金持ちは金で見事に逃げる。現代と同じです。寝台と椅子さえも見たことがない田舎者は、金持ちに便乗すれば何とかなるだろうと思う。
金持ちが、影響力ある人に便乗すれば何とかなると思う。
音楽家は、どうせ殺されるなら短い間楽しくいようと思って遊女を巻き込む。男は決まって女にいじめられるので、遊女は「ネックレスをもらっていない」と怒る。
菩薩が雌猿たちにガラス玉の首飾りをつけられたところで、一般の女性たちの心理状態を面白可笑しく表現しているのです。安物で自慢されることに我慢できなかった泥棒の雌猿は、ブランド志向を剥き出しにしようとしたところで捕まってしまうのです。
このように、一人残らず、皆の人間らしさに笑いつつも、智慧の素晴らしさを謳っているのです。何があっても、私たちもユーモアの精神を持ち続けるならば、賢い人間になるのではないかなあと思います。試してみなきゃわかりません。
【記事の作成にあたっては、日本テーラワーダ仏教協会ホームページ「法話と解説 ジャータカ物語」を使用させて頂きました。No.77(2006年5,6月号)真珠物語①②Mahāsāra jātaka(No.92)https://j-theravada.com/jataka/jataka077/ 監修 アルボムッレ ・スマナサーラ長老 編集 早川瑞生】